靖国はじめ、東京都心では桜が開花しはじめたここ数日、唐突に、昨日から 12RIVEN -the Ψcliminal of integral- というゲームをはじめました。これ、何てエロゲ?、じゃなくて、普通の ADV (いわゆるアドベンチャーゲーム)な訳でして、まぁ、久々に興味深くゲームをプレイしてます。はい。(これ、Windows 版も 4/4 に発売なのね・・・。画面の綺麗さとか、こっちのほうが上だろうなぁ・・)
ま、それはさておき、件のゲームの中に、面白い、というより、興味深い(interesting)表現がありました。
どうして子供の頃の過ごした時間が長く感じられて、
大人になった今、時間の過ぎ去るのが早いのか。
それは、時間という概念が"一定"の物差しによってはかれるもの(絶対的)ではなく、あくまで生きてきた人生に対する割合(相対的)である、つまり、生きてきた時間に反比例というたとえ。
たとえば、10歳の子供が過ごす1時間と、30歳の大人が過ごす1時間では、10歳のそれが全人生に占める割合が高いのにたいし、30歳の1時間なんていうのは、人生の中でわずかな一瞬にしかすぎない。100歳の老人にとっては、1年という時間ですら、人生の中では僅かな感覚に過ぎないのだという。
なるほどね、だから子供の頃の夏休みは、ものすごく長く感じられたのだけど。。しかし、これだけじゃ説明できない事もあるんじゃないかと思う。というのも、概して、楽しい時間というのは一瞬のうちに過ぎ去り、つらい時間のほうが長く感じられる。これはなぜだろう。子供の頃の時間のほうが長く感じられたというのは、上記のとおり説明がつくかもしれないが、いまこうやって生きている時間を「はやい」「みじかい」「ながい」「おそい」と感じられるのは、どうも足りない何かの要素があるような気がしてならない。
と、まぁ、ちょっと気になったりするわけですが、このほかにもこのゲームはなかなか興味深い。久々にいろいろな事に興味を沸き立てられて、正直それだけでも元をとったかな?という気分であります。気になる表現としては、
「頭にぎっしりを詰まった知識におぼれ、あふれかえった情報に踊らされている」
「この世の中に存在するありとあらゆる問題は、知識や情報によって解決された例がない」
「世の中には、見えているはずのものが見えない事もある。逆に、見えないはずのものが、見えている事もある」
とまぁ、いろいろ興味の惹かれる今日この頃であります。っと。
いいかげん、いい歳してゲームばっかりやって過ごす休日俺なにやってんのorz という心境です><
おまえなぁ(´・ω・`)