◆今朝の通勤電車にて
毎朝乗ってる大江戸線の車内にて。
今朝はちょっと目の覚める出来事があった。
いつも見かけている小学生の男の子。
背丈が低いから、3〜4年生ぐらいかな?
名前も知らないし、声も交わしたことはない。
ここ2年ぐらい、ほぼ毎日のように同じ車両に乗ってくる。
どうして時間が重なるのか。
おそらく理由は自分と同じで、
「確実に座れて、一番車内が空いている電車だから」
じゃないかと思う。
確実に座れると何が出来るのか。
自分の場合は、読書。
読みたい本があるので、
せっせと毎日、少しずつ本を読み進めている。
新書にお気に入りのカバーを掛けて読むのがメイン。
ラノベも読むけどね(聖剣の刀鍛冶は、ほぼ全巻電車の中で)。 ←
で、その男の子も、
今年の春ぐらいから本を読み始めるようになった。
大きな字の絵本かな〜と、当時は思っていたはずんだけれど。
読書するんだ、えらいねー、かわいいねー。そんな感じだったんだけどね。
今日は、ふと彼が読んでいる本に目をうつしてみると、
手に持っている本のサイズが、随分小さくなっていることに気がついた。
その大きさは、両手にすっぽり収まる大きさの、どうみても、新書本。
普通に自分が普段読むのと同じ新書サイズの活字本を食い入るように読んでいた。
両手で新書をビシッと広げ、体はドア近くの支柱にのめり込むように。
一方で…同じ車両を見渡してみると、
そこには、何人かの大人が座っていたのだが、
誰もが眉間に皺を寄せて、死んでいるかのように眠っていたように見えた。
彼の目には、大人達はどのように映っていたのだろうか。
朝の気怠い気分が吹き飛び、
一気に目が覚めた感じがした。
◆また、書き続けてみようと思います。
しばらく、忙しさを理由に、9月から11月末に至るまで、
まったくサイトを更新していない事に気がつきました。
毎日twitterやfacebookには書き込んでいましたので、
いろいろ情報を出していたつもりだったのですが、
振り返ってみると、結構、記憶の欠落が多いことに気がつきます。
単純な物忘については、ノートなり、メモなど、記録を読み返せば
たいていの状況は分かります。
けれども、自分の中に芽生えた感情なり、おもいというのは、
復元するのは、なかなか困難な作業ではないでしょうか。
なんというか、昔見た映画を、何年かたって、改めて見返してみると
当時と全く違う印象を受けることはありませんか?
それが、リアルにあるような感じなのです。
そのとき、そのときに感じたことを綴るのは、大切なことだなと(´・ω・`)
というわけで、どれだけ続くか分かりませんが、
のんびり更新を続けていこうと思います。